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ARTIST/ART

ベン・シャーン
Ben Shahn
1898年-1969年

ベン・シャーンはリトアニア生まれ20世紀アメリカを代表するアーティストで、ソーシャル・リアリズム運動の一員です。彼の表現力豊かで比喩的な絵画や壁画、ポスターは 常に左派政治的な信条のうちに社会正義や生涯活動の追求に結びついていました。
1927年に死刑宣告された二人のイタリア系アメリカ人移民の 物議を醸した有罪判決を非難した作品『サッコとバンゼッティの受難』(1931〜1932)のように、シャーンは果敢に政府と社会を批判しました。また、シャーンの描いた絵に詩人アーサー・ビナードが散文を寄せ1954年のアメリカによる水爆実験で被爆した日本の遠洋マグロ漁船“第五福竜丸”の物語を描いた絵本『ここが家だ』でも広く知られています。

「アーティストは、大衆というものは 教養があり洗練され、知的にも感情的にも敏感な一人一人の優れた個人で成り立っているということを前提として行動しなければなりません」

「そして、たしかに大衆の全ての人がその種の個人で成り立っているわけではありません。それでもやはり芸術の素質は 知覚力のレベルを引き上げ 個々人の価値の蓄えを増やし、高め、豊かにし、そのような大衆を作り出すのです」
かつて彼は言いました。

ベン・シャーンは帝政ロシア領(現リトアニア)のユダヤ人家庭に生まれ、1906年に一家は移民としてニューヨークへ移住しました。1913年からシャーンは夜間高校に通いながら石版画家の見習いとして働き、その後生物学の学生としてニューヨーク大学に通い、1921年にはナショナル・アカデミー・オブ・デザインでアートを学びました。1920年代には彼はヨーロッパ中を旅しました。アメリカに帰国後、1933年にはロックフェラーセンターのフレスコ“Man at the Crossroads”を描く際にディエゴ・リベラの助手を務めました。
独特のリズムで描かれる特徴的な“シミのある線”で表現する彼のスタイルは、アンディ・ウォーホルをはじめ、日本のイラストレーターやアーティストにも多大な影響を与えました。彼はキャリアの後半では 社会的不公正の描写よりも、自身の感情を象徴的に表現してゆきました。1969年3月14日、ベン・シャーンはニューヨークで亡くなりました。

現在シャーンの作品は シカゴ美術館、ホイットニー美術館、ロンドンのテートギャラリー、ワシントン・ナショナル・ギャラリーなどのコレクションに収蔵されています。

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