鈴木春信
Harunobu Suzuki
1725年?−1770年
鈴木春信は江戸時代中期の浮世絵師です。葛飾北斎や喜多川歌麿が登場する以前の明和という時代に、多色摺によるカラフルな木版画「錦絵」の制作を始め、その第一人者として知られるとともに、後の浮世絵の発展に多大な影響を及ぼした人物でもあります。
太陰暦を使用していた当時、暦は生活必需品であり、知識人たちが金に糸目をつけずカラフルで美しい絵暦の制作を依頼。結果多色摺の木版画技法が飛躍的に発展しました。その美しさに目をつけた版元たちが版木を買い求め、商品として売り出したことにより「東錦絵」は江戸の新しい名物として瞬く間に庶民の間に広まっていったのです。春信が描いたのは江戸に暮らす庶民や子供たち。とりわけ美人画は好評で、実在する美人や茶屋の町娘を描くと、そこには連日人々が殺到したといいます。また春画も残しており、中でも「風流艶色真似ゑもん」は、妙薬で豆粒大の小人になった主人公があちこちに出かけ、色道の奥義を探究するという物語で、当時続編や他の絵師による類似作品も出回るほどの人気を博していました。
春信が絵師として活動した期間はほんの10年ほど。世界に現存する作品は2000点ほどとされ、そのうちの約600点はアメリカのボストン美術館に所蔵されています。