ハンス・ホフマンは戦後のアメリカ美術を代表する画家であり、20世紀で最も影響力のある美術教育者の一人として知られています。豊かな色彩に満ちたキャンバスで知られるホフマンは、抽象表現主義の発展に重要な役割を果たしました。
「色とは、特別な関係や緊張感から生じる 色のハーモニクス生み出すための想像力ある手段である」
ホフマンは1880年ドイツのヴァイセンベルクに生まれ、のちに一家はミュンヘンに移り住みました。早熟だった彼は10代でレーダー装置などの科学的発明品を生み出しました。若い頃はバイエルン州政府の仕事をしていましたが、1904年に芸術の道を志してパリに移りました。彼は1915年ミュンヘンに美術学校を開き、1930年まで運営していましたが、その後アメリカに招かれ教鞭を執るようになりました。学校を1956年に閉校するまで、彼は教育と絵画の仕事を両立させました。
マティスの色使いやキュビズムの形の置換えなどに影響を受けたホフマンの作品は、彼が「push and pull(プッシュ・アンド・プル)」と呼ぶ芸術的アプローチと理論へと発展してゆきました。「push and pull」の空間理論の他、抽象芸術の起源は自然にあるという主張や、芸術の精神的価値を信じることなどをホフマンは重視していました。1930年代の初期の風景画から1950年代後半の「slab(スラブ)」と呼ばれる絵画、そして晩年の抽象作品まで ホフマンはジャンルやスタイルを超え、大胆に実験的な色の組み合わせや形式的なコントラストを創造し続けました。
ホフマンはヘレン・フランケンサーラーやネル・ブレイン、レイ・イームズやリー・クラスナー、ジョアン・ミッチェル、ルイーズ・ネヴェルソン、ラリー・リヴァーズなど多くの前衛芸術家たちの良き指導者となり、大きな影響を与えました。また彼は、美術評論家クレメント・グリーンバーグの理論にも影響を与えています。
1944年ニューヨークのArt of This Centuryギャラリーで彼は64歳で初の個展を開催しました。1960年にホフマンの作品はヴェネツィア・ビエンナーレで紹介され、その三年後にはニューヨーク近代美術館にて、画期的な展覧会『Hans Hofmann and His Students』が開催されました。
ホフマンは1966年、ニューヨークで亡くなりました。
現在ホフマンの作品はシカゴ美術館、メトロポリタン美術館、ペギー・グッゲンハイム・コレクション、テート・ギャラリー、ナショナル・ギャラリーなどに収蔵されています。
▼公式サイトはこちらから
http://www.hanshofmann.org/