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ARTIST/ART

田中敦子
Atsuko Tanaka
1932年-2005年

田中敦子は大阪生まれ、戦後日本の前衛芸術グループ「具体美術協会」の主要メンバーの一人として知られるアーティストです。

1951年に京都市立美術大学(現 京都市立芸術大学)に入学、同年に中退。1953年入院中に 退院を待ちわびながら布に数字を描いたことをきっかけに、退院後その経験をコラージュ手法による『カレンダー』として作品化しました。他にも数字のみで構成した作品を制作するなど、この頃から彼女の作品には 私的な感情表現よりも時間や数といった概念的なものに対する志向があらわれていました。1955年、後に夫となった画家の金山明や白髪一雄、村上三郎らとともに前衛芸術グループ「具体美術協会」へ加入しました。
第一回具体美術展で約40mの電気コードに2m間隔に連ねた20個のベルが順に鳴り響く作品『ベル』を発表し、1956年には 色とりどりの電球と管球を組み合わせ明滅する服に仕立てた作品『電気服』を発表しました。1957年の大阪で開催された「舞台を使用する具体美術」展にて 自らこの『電気服』を着用してパフォーマンスし 話題を呼びました。その後、この『電気服』の電球と電気コードの絡まりから着想を得た絵画作品を制作し始めます。

彼女の作品は当時来日したフランスの美術批評家ミシェル・タピエ氏の目に留まり高く評価され、以降タピエ氏を通しヨーロッパやアメリカで紹介されるようになりました。そして様々な国際展への出品、入賞を経て 日本の『具体』の評価を決定づけた作家の一人として認められるようになりました。80年代には国内外で個展を開くなど精力的に活動し、90年代以降から現在でも日本の現代美術を振り返る展覧会には欠かせない作家として出品されています。

彼女の一貫した実験精神の展開は日本の戦後/現代美術において特異な位置にあるとして、近年でも大規模な回顧展が開催されるなど その評価は揺るぎないものとなっています。

彼女の作品はニューヨークのポーラ・クーパー・ギャラリーや、京都国立近代美術館、カッセルのドクメンタ12など国内外で広く展示され、またニューヨーク近代美術館など世界の重要な美術館のコレクションにも含まれています。

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